本みりんを知る-本みりんの歴史 | 九重味淋株式会社

本みりんを知る-本みりんの歴史

本みりんの歴史

みりん、その起源

「みりん」の歴史をひもといてみると、戦国時代、江戸時代には「甘いお酒」として飲用されていたという記述があります。発生起源については諸説あり、はっきりしていませんが、ここでは代表的な二つの説を紹介します。

中国伝来説

中国清明の時代の『湖雅巻八造醸』という書に、「密淋(ミイリン)」と呼ばれる甘いお酒があったと記されています。「淋」は、「したたる」という意味。つまり、蜜がしたたるような甘い酒と解釈されています。
このお酒が、戦国時代の頃、琉球や九州地方に伝来し、「蜜淋」「美淋」といった漢字があてられ、日本中に広まっていきました。そして、現在の本みりんになったというのが、中国伝来説です。
みりんは異国より渡来したものである、という記述は、1649年(慶安二年)の『貞徳文集』にも残っています。

日本発生説

日本には古くから練酒、白酒などの甘いお酒がありました。1466年(文正元年)の『蔭凉軒日録』には、「練貫酒(ネリザケ)」という甘いお酒が博多にあったと記述されています。これらのお酒は、酒の中に米や麹を加えるとアルコール度数が下がり腐敗しやすかったため、腐敗防止策として焼酎が加えられました。後に、改善されて現在の本みりんになったといわれます。

上品な甘さ、素材のおいしさを引き出す調味料へ

江戸時代中期になると、みりんは、お酒が苦手な人や女性でも楽しんで飲むことができる甘いお酒として人々に受け入れられ、国内でも製造されるようになります。
しかし、その頃のみりんはまだ甘みが十分ではありませんでした。みりんの甘さは、米のでんぷん質を糖に変える麹によってつくりだされるのですが、麹を作る技術があまり発達していなかった当時、蜜のような甘みのあるみりんを製造することができなかったのです。

お酒として庶民に浸透していたみりんは、やがて料理のコクやうま味を引き出す調味料として使われるようになります。

1760年前後、鰻屋や蕎麦屋など和食の店が大繁盛し始め、日本料理、懐石料理がほぼ完成されました。江戸時代後期の『守貞慢稿』には、関東で鰻のたれやそばつゆに「みりん」が使われていたことが明確に記述されていることから、みりんは調味料として欠かせない存在になっていたようです。

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